六代目山口組総本部

2018/12/3

2018/12/2

2018/11/27

山口組は100年前の大正4年に神戸で結成され、初代組長山口春吉は神戸で港湾労働者の元締をしていた。そこから現在の日本一の構成員数の暴力団組織にしたのは、三代目の田岡一雄組長である。

組員を三十数人から1万人超まで増やし、シノギをこれまでの港湾労働者の元締めから飲食店経営、歓楽街の用心棒、不動産業、金融業、芸能まで全国で手広く事業を行う。
これは田岡三代目の「やくざも正業を持て」という言葉を実現させる結果となった。

田岡一雄
田岡一雄三代目山口組組長

2015年山口組分裂騒動

山口組は初代から五代目まで関西出身組長が務めており、渡辺芳則五代目組長を輩出した山健組が主流派とされ、その名の通り最大の構成員数を誇ったが、六代目組長には名古屋の弘道会出身である司忍組長が就任。そこから関西の山健組を中心とする派閥と、名古屋の弘道会を中心とする派閥の2大派閥ができる事となる。
そんな中、六代目山口組総本部は、傘下団体から多くの上納金を集めるだけやなく、本部が販売するミネラルウォーターや石鹸、歯ブラシなどの日用品を半ば強制的に購入させ、上納金以外の負担が増えていくこととなる。
そうした弘道会を中心とした執行部のやり方に、山健組を中心とする関西系派閥は不満を募らせ、ついに関西系団体が離脱し、神戸山口組を設立する事態となった。

分裂後の山口組は構成員数が44の都道府県で1万4100人と、前の年より9300人少なくなり、神戸山口組側は6100人と増加、全国第三の勢力となった。

顕著に見られるのは、両組織の総本部がある兵庫県で、神戸山口組の構成員数が1160人であるのに対し、山口組の構成員数は270人と大幅に減らし、山口組にとって今や兵庫は飛び地の様相を呈している。

山形、広島、沖縄三県を除く一都一道二府四十県に14000人(準構成員を含む)の勢力を展開し、分裂後も日本最大の広域暴力団である。

総本部住所 兵庫県神戸市灘区篠原本町4-3-1

かなり広い敷地ですね。

 

延々と柵が張り巡らせてあります。

 

暴力団追放の看板が地域住民の感情を表しています

 

と思ったのですが、これを見ると地域住民とうまくやっている様です

 

ここが駐車場に繋がる門です。定例会では各直系組長はここから入ります。

 

当番の方も大変です

 

この日は会合があったのでしょうか

 

総本部内部内部はこの様になっているようです。

 

山口組総本部内部

映画と監視カメラの画面と週刊誌を見なくてはいけませんので結構大変そうです。

 

山口組ハロウィンパーティー

ハロウィンの時は一般に開放されることで有名ですね。

 

780456

平和な光景です。

 

兵庫県警が総本部の対面に、特別警戒所を作ったのですが、ここに24時間張り付くのでしょうか。

 

特別警戒所

改装したとはいえ、総本部と比べると雲泥の差。警戒に当たる警官の悲痛な叫びが聞こえてきそうです。

 

ここは五代目山口組時代の本家の正面入り口です。ニュース等でよく見ますね。

 

実に立派な門です。